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父を亡くす

父のことは全く覚えていません。実際に淋しい思いをしたという記憶がないのは、母が僕の成長期の節目、節目に父親役をやって受けとめてくれていたからだと思います。

物を考えたり感じたりするようになってから”父の死”はある種の形而上的な意味を持つようになりました。例えば”神”を考えた時、この世界がある以上、人ではない何者かが創ったからこの世界が存在しているという、それに近いような存在で、自分がいる以上は父がいたはずで、存在していたにもかかわらず今は存在していない。しかも、記憶としては直接的な記憶はないけれど、存在していたという余韻のようなものを感じ取るような存在として父がいた、ということは大きな意味があったと思います。

僕は神経質なところがあって、10代の頃、父の死を思った時、自分の心臓の”ドクッ””ドクッ”という音を聴いて、1つ、2つ、3つと数えて4つ目の音がするという保証はどこにもない。友達と遊んでいても、すごく時間に追われているような感じがして、次の瞬間に自分が死んでしまったら後悔はしないだろうか、”こんなことしていられない”って思った。そういう感覚が今もあります(婦人公論)。

1976年12月、1歳のときに平野啓一郎は父を亡くします。

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2008年04月17日 1976年 トラックバック:0 コメント:0

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